韓国系お好み焼き(町屋) | masayasu.com昔に「大好きや」で仲良くなった先輩と飲む際に、必ずと言って良いほど訪問した町屋の韓国系お好み焼き屋。

当時、お世話になった先輩なのだが、どうして家に行くまで仲良くなったのか、思い出すと少々辛い。

この先輩と遊ぶ際は、このお好み焼き屋でご馳走になってから先輩の家に泊まり、そして翌朝には帰るというのが馴染みのパターンであった。

今になってあのお店がどんな名前で、今でも存在するのか気になって調べたが、どう検索しても出てこない。潰れたのかな…悲しい。


・町屋という街

1番最初に行った時は「町屋ってどこだ?町田じゃなくて?笑」って調子で電車から迷った。当時はスマホなどなく、効率的な乗り換えを教えてくれるアプリもなかった。

しかも当時の自分は、人の家に泊まりに行くときは連続で色んな人の家に行きたがり、荷物も多く持っていた。(今思えば謎)

重たい荷物を持ちながら、あれこれ構内で時間を食い、精神的にも肉体的にも参った状態で、約束よりも数時間も遅く町屋に到着した。

町屋に着いた時の安心感と、暖かく迎えてくれた先輩が天使に見え、まるで空港で海外の家族に迎えられたような高揚した気持ちになった。

町屋という街の第一印象は居心地良さそうな下町といった感じ。こじんまりとした踏切にシャッター街、でも近くにはモールもある。自分の地元の強化バージョンのようで素敵に思えた。

大江戸線で言えば勝どきも好きなんだが、町屋など含め閑静で羨ましいエリアが大江戸線に密集するのはなぜだろうか。(自分の中では結局根岸線が1番だが)


・韓国人のお店に中国人と台湾と日本のハーフ

そのまま先輩にお店に連れて行かれる。

普段から通ってるお店というのだからどういう場所なのかと楽しみにしていた。

しかし、時間帯が遅いせいか、ちょっと怖い雰囲気の道が続く・・・。道を進みながらも「意外と物騒すね」なんて失礼なこと言ってしまった。

お店の中に入ると、暖かくも家庭的な雰囲気。鉄板が並ぶ店内は明らかにお好み焼き屋。

しかし店員さん感じや貼られたメニュー表を見てると普通のお好み焼き屋ではないことがわかる。「なんでも食え」と渡されたメニュー表には焼肉を中心にコチジャンやキムチなど韓国料理の名前が並んでいた。「あ、韓国系のお店なんだ」と気づく。

▼だいたい、最初は野菜系を頼むのだが、キムチ大好きな自分は必ず注文していたかと。

▼お好み焼きやもんじゃ焼きなどは、必ず先輩が焼いてくれた。

美味くて美味くて、いくらでも食べれるような味であった。

その他、色々と焼肉を中心に腹を満たしていた。

お酒は基本的にビールだったような気がする。

ほろ酔いぐらいになると店員さんと話すのだが、韓国、中国、台湾と見解を日本ベースにたらい回しにして価値観を測るのが楽しかった

料理を運ぶメガネをかけた若い女の子は店員さんの娘さん?ビックリするぐらいに無口だったが日本語は話せたのだろうか。


・社長さんと娘さん

たまに呑んでる途中に先輩の職場の社長さんの娘が参加することがあった。先輩よりも年下で、綺麗な人。

この娘さんに関しては、話した内容は忘れしまったが、よくトイレにお化粧直しに行っていたのは覚えてる。その頻度がエゲツなく多い

当時、「大人のキレイ系の女って皆こんな感じなのか!?」とビビったのを覚えてる。自分が大人になった今振り返れば、やはり特色な女性だったのだ。たまにいるにはいるけど。

この娘さんが一緒のときは、基本的には自分も先輩も奢ってもらっていた。ノリで二軒目に行った時でも、基本的に娘さんが出していた

先輩が年下の女性に奢らせるとは考えにくいので、きっとお父さんから飲み代を持たせてもらってたのだろう。

一回だけ社長さんも一緒になって飲んだことがある。すごく良い人で楽しかった。結構はっちゃけた話が多く、冗談が多くて最高も面白い、そしてめっちゃ優しい。

お店の方も社長さんとは長い感じで、常連というよりも家にいるような感じであった。

▼一緒に行くと当然のごとくキープボトルが出てくる。

一回、自分がお店にないお酒が飲みたいと言ったら、社長さんが店員さんにお願いして卸に行ってもらっていた。ちゃっかりキープボトルとして名前まで書いたが、今頃はどうなっているのだろうか?普通、韓国系のお店にジャックダニエルなんてありませんよね。謙遜はしたが、それでも自分が図々しく思えた。

お店の人も社長さんも優しくて、最高に楽しい思い出が眠るお店でした。


・先輩の家

基本的にお店で呑んだ後は先輩の家に泊めていただくのだが、一回だけ宅飲みしたことがある。

▼その時に入魂のパスタを作ってくれた。

トマトソースたっぷりで最高でした。

自分に気を使って大盛りなのも嬉しく、タバスコまで大量にかけて幸せでした。

先輩の家ではくだらないことばかりしてた記憶が。具体的には思い出せないが。

▼残ってる写真

一回、ギターを持って行って、エアロスミスのDream Onのリフを弾いたら、先輩が「あ、知ってる!」となって、洋楽大会になった。

音楽の趣味が合うのは気付くのが遅かった…笑

確か、先輩の家でベックのCDをパソコンに入れて、しばらくハマった覚えがある。自分にベックを教えてくれたのはこの先輩だ。

一回だけ、すごい申し訳ないことをした。それは自分がギターの部屋での練習用に、イヤホンで聴くアンプを使った時だ。

自分は先輩が先に仕事に行った後に、家の残り、夏の甲子園の花巻東の試合を見ながらも、「ギターを弾こう」と先輩の部屋のあったイヤホンを借りたのだ。

しかし、ギターを弾くのは気分が乗らず、すぐに飽きて放置し、テレビの甲子園観戦の没頭してしまった。

「そろそろ買えるか」と、”そのまま”ギターとミニアンプをしまって帰ってしまった。要は、イヤホンをパクってしまった!!それも音質の良い、高そうなイヤホンをだ。

後になってメールで謝ったのだが、ノリがふざけてるので、怒ってるのか許してるのか謎であった。。笑

当時の自分にとってはもっとも甘えさせてくれた最高の先輩である。今の自分は後輩に対してあの様な振る舞いはできない。結構、尊敬してる。

今でもたまに連絡は取るが、結婚して忙しい模様。いつかまたお会いしたい。台湾に行きたいって行っていたので、それが叶えられたら良いな。自分の通訳として、、笑(結局甘える)

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