島崎藤村邸(大磯)

昨年の夏に同伴者と平塚球場まで塾高の応援をしに行った後に、大磯のマジョリカで食事を済ませ、その後に覗きに行った大磯の名スポット。

真夏に夏らしいお昼時を過ごしてご機嫌な自分らは、スマホで近場で散歩に行けるところがないか探し、この島崎藤村邸を見つけた。

大磯駅から歩いて数分らしく、地図を見てる何となくここだとイメージが湧いたので、余裕を持ってアホな顔をして向かった。

▼「島崎藤村ってどんな人?」とぼんやりと話しながらも、大磯の細い民家を通って歩く。

ヒントが分かりやすすぎて萎えたが、ちょっとした冒険感は味わえた。。

汗を流しながらも、真夏を体全体で味わえた数少ない昨年の夏の思い出。。笑


・質素だが上品

細い路地を歩き、「本当に民家の一部なのか」と驚きながら歩く。きっとここの近所の方は、島崎藤村さんのファンとすれ違ったり、場所を聞かれたりと日常茶判事なのだろうな。

▼民家の中にも細かく道しるべがある。

▼一応、専門の駐輪場があるらしい。

この場所なら悪用される心配もないだろうな。。笑

▼近くには公演とも言えない小さなエリアが・・。

ここはどういう場所なんだ?悪い子が夜中にたむろしてそうである。

▼ようやくお目当のお家を発見。

意外にこじんまりとしており、まだ誰かが住んでそうな活気がある。

▼「入って良いの?」と家の玄関を突破

綺麗に清掃されてる。

「係員みたいな人の誘導はないのか?」とウロウロしてると、管理してるらしき中年ぐらいの女性を発見。

▼特にこうも言われることもなく、自分らがどこから来た誰なのか、名前などを書く欄のある紙などが並べられたテーブルを発見する。

ご自由にお取りください的な冊子には、島崎藤村さんの生涯を簡潔にまとめた紹介や、この家での最後の様子などが書かれていた。(電車の中でゆっくり読んだ)

▼家の畳の上には、島崎藤村さんの年表や代表作に関する展示がされてる。

自分はあまりしっかりと読まなかった。

▼家の中の様子

普通の古民家だが、何か上品だ。木や畳の質が普通の古民家とは違うのかな。


・「涼しい風だね」

家の庭を進んでいくと、先客のご老人らしき方と遭遇。特に挨拶をされることもなかった。。自分らが怖かったか?笑

▼島崎藤村さんが最後に見た景色とされる庭

▼こんなものがあったが、何だったのか?

最後の言葉が「涼しい風だね」だったということで、それにまつわるものか。

命日が8月21日の夜の0時35分。真夏の夜の涼しい風を想像するのは安易だ。切なく儚い気持ちになった。

庭の脇には人がバリバリ住んでる現代の民家がむき出しにあったり、この庭が日常的に見えるというのはどういうものなのか。アホなりに色々と考えた。同伴者が「虫がいるー!」と自分以上にアホなことを言うので、これ以上ここにいるのが失礼な気がしたので退散した。

なんてことない普通の古民家にて、短い時間でここまでいろんなことを考えとは思ってもみなかった。

島崎藤村さんが亡くなった後も、未亡人になった夫人がしばらくここに住んでいたという。一時期、戦争の影響で箱根に移ったが、その後に再びこの家に戻って最期まで過ごしたと。(空き家になってしばらく高田保氏が住みここで没した記録もあり)

あの時代の夫婦愛の形とか、大磯という土地の魅力とか、色々と考えされられた。

行ってよかった、特に天気の良い真夏で良かった。

KANAGAWA